洗礼とわたしたちの悔い改め(2/12の週報4面)

LutherRose

「『悔い改め』とか『回心』という言葉は、それらが洗礼の言葉であると考えるときに、最もよく理解することができます。」とは、現代アメリカを代表する神学者、W.H.ウィリモンの言葉です。宗教改革者マルチン・ルターの洗礼理解を紹介して、そのように語りました。

ルターは「小教理問答」の中で洗礼について次のように記しています。

「それは(洗礼は)、われわれのう ちなる古いアダムが、毎日の心の痛 みと悔い改めによって、すべての罪 と、悪い欲望とともに溺れ死ななけ ればならず、また義と純潔とをもっ て、とこしえに生きるべき新しい人 が日ごとに現れ、よみがえることを 意味します。」

そこで、ウィルモンは申します。「悔い改めとは、すでに洗礼においてわたしたちを葬られた神に向かって、自分たちに死をもたらす神のわざがさらに行われ続けていくことを願うことです。・・・わたしたちは来る日ごとに神に立ち帰り、幼子のように話しかけます。『わたしは自分で自分を救うことができません。どうぞ、わたしのためにそれをしてください。』『わたしは(新しい)このいのちを自分では保つことができません。このいのちをみ手に収め、あなたの愛のうちに隠して下さい』と」

さらに、回心について次のように述べています。「『回心』とは、日々の生活の中で、洗礼において開始された死といのちの経験を継続させていくことであり、神に向かって、自分たちの力では決してすることのできないことをしてくださるように、洗礼において始められた救いのみわざを成し遂げてくださるように願い続けることなのです。」

さて、今年は宗教改革500年です。ルターの紋章をご紹介します。薔薇の紋章とも言われます。黄色い部分(ほんとうは金色です)は永遠(天の父)を意味しています。その中に5つの花びらをもった薔薇が描かれています。花びらの間からイバラが見えます。中心の赤いハートは人間の心です。
この紋章は、人間の心が十字架の下にあるので、その人はイバラを抱えながらも、5つの花びら、すなわち霊の(救いの)賜物に恵まれている、ということを意味しています。洗礼と悔い改めの生涯を描いているとも言えましょう。