黙想の勧め

教会で福音を巡るコミュニケーションが豊かになることを願って、書き始めました。私は教会活動はその深層に、私たちが「耳」となり、同時に「口」となることがなければならないと思っています。み言葉を聞き、語ることは、み言葉を行うことであるとヤコブ書から学びました。よい耳となるよう、黙想をいたしましょう。

これは先に投稿した下記の一文が出発となっています。

いま、教会が取り組むべきこと

swayによる本文をお読みください。

聖書黙想の勧め

以下の文章もお読みください。分区総会で紹介していただきました。


いま、教会が取り組むべきこと

4月23日(日)に教会総会がありました。そのときに短くお話させていただいたことを、少し言葉を加えてご紹介いたします。ちょっと刺激的なことも申し上げています・・・

今年の教会方針は「神の家ー生ける神の教会-」(テモテへの手紙一3章14-15節)です。15節には「神の家とは、真理の柱であり土台である生ける神の教会です」とあります。私たちは教会に招き入れられ、共に福音の真理によって支えられ、生かされています。そして、福音は教会の教えと、信者の交わり(生活)となって証しされます、その教会はこの世界を支える柱であり土台でもあるということでありましょう。

さて、教会の高齢化が教会の存続の危機とともに自覚されつつあります。まことに不信仰なことですが、目に見える限りでは、30年後、40年後には教会は無くなっているように思われます。これは一教会のことにとどまりません。

この状況をいろいろと分析し、診断することができましょう。しかし、打開することは容易ではありません。だからと言って、ただ嘆いていてもしかたがありませんし、伝道、伝道と叫んでみてもどうにもなりません。

そのことを頭に入れながら、「いま教会は何をなすべきか」を考え、取り組みたいと思っています。一言で申しますと、「神の家ー生ける神の教会-」はどのよに創られ建てられていくのかをよく知り、私たちがこれにふさわしく仕えるようになるということです。

これは一個教会の課題であると共に、すべての教会の課題でもありますので、分区諸教会と一緒に取り組むことができたらと願っています。

言うまでもないことですが、教会は神(聖霊)によって創られ、建てられています。そして、わたしたちはその神の御業にあずかり、礼拝と賛美をささげて共に信仰の交わりを持たせていただいています。感謝なことです。

ところで、しかし、生ける神の教会がどのように創られるのか、また、その神の働きに私たちはどのようにあずかり、仕えることがゆるされているのかについては、どれだけ心得ているかと問われると心許ないところがありましょう。

それですから、老人も若い人も、信徒も牧師も、初心者のごとくに学び合い、励まし合って、教会全体が仕えることにおいて成長したい、そう思うのです。

たとえ、教会の教勢が下り坂になっていったとしても、神による教会の形成にあずかり、仕えることにおいては成長したいと思います。そこに教会の将来があるように思われます。

このことに関して、短く要点を申し上げます。

  • 聖霊はみ言葉(福音の言葉)と共においでくださいます。そして、福音とその真理の言葉によって、わたしたちを神の国に結び、その喜びを分かち合わせてくださいます。そこに神の国が地上にうつしだされ、広がっていきます。ですから、聖書の言葉にひたすら聴くことが大切です。マリアのように、無くてはならない一つのことを、取り戻したいと思うのです。牧師がその先頭を走るべきことは、当然のことですが、牧師一人ではなしえません。み言葉を求める求道者である牧師同士の交わりと、み言葉に与っておりそれゆえにみ言葉を求める教会の交わりが、必要です。
  • どうかすべての牧師と信徒が、良き求道者となって、聖霊の働きを待つものとなりますように、願います。
  • み言葉を分かち合うためには、技術(art of love)を身に付けなければなりません。互いに、そのために学びあいたいと思います。
  • 具体的なことを提案いたします。

牧師が説教者として、また牧会者として、成長するための場をできる限り持てるように考えていただきたいと思います。また、み言葉を分かち合うための技術を学ぶために、牧師と信徒との協議の機会をできるだけ多く持てたらと思います。すでにそのような場を持ってまいりましたが、さらにその場が充実したものとなり、その協議に、信徒のみなさまが積極的に加わっていただきたいと願います。決して難しい話をし合うわけではありません。また立派な話をしなければならないわけでもありません。素直に、あるがままに、み言葉と対面することができるように、学び合い、聴き合うということです。どうかご理解くださり、福音に与り、教会が真理の柱、土台として、形作られるように祈りをあつくしてくださいますように。言葉を重ねることになって申し訳ありませんが、教会は、聖霊によって創られ、整えられます。聖霊は、み言葉と共に、来られます。そして、私たちを神の国に結び、その喜びを分かち合う者としてくださいます。

教会が保たれ、また今申し上げた求道が続けられるためには、教会の存続に関して配慮し、検討すべきことがありましょう。そのことを念頭に入れて、分区の交わりを形作ることが大切と思っています。

 

病床からまとまりのない文章をお送りしてしまったことをお赦しください。言葉足らずで、不十分なものですが、どうか言わんとすることを汲み取ってくださいますように。そして諸教会が福音によって固く立ち続けることができますように。そのことを願って、終わりとさせていただきます。

2017年5月12日

病床より 浜松元城教会牧師 張田 眞