神の国とは(5月6日週報4面より)

今年度の教会方針に関連して、「神の国」についてご説明します。

新約聖書では「天国」とか「御国」とも表記されていますが、「国」とは「支配」ということです。「神の義と愛と平和によるご支配」です。御手が伸ばされて置かれている、それが神の国ということができましょう。  

    ですから、地上のどこかに目に見える仕方で神の国があるというわけではありません。また、私たちが思い描くユートピアのことでもありません。どんなに理想的と思われる所があったとしても、だからそこが神の国であるというわけではありません。誰の目から見てもここが神の国であると言えるように、私たちに分かりやすく示して欲しいと思うかもしれませんが、神のご支配は私たちの思いを超えていますので、私たちには捉え難く、思い描くことはできません。また、私たちが悲惨だと感じ、たとい人間の罪と愚かさと悲しみが折り重なっているところであっても、神の国と無関係であるとは言えません。神が御手を伸ばしてくださり、御手をおいてくださる、そこが神の国です。そして、その神の国は御言葉(イエス・キリスト)によって私たちのうちに開示され拓かれ、信仰において結ばれます。また、信仰において結ばれた者たちの交わりが神の義と愛と平和のご支配を映し出すことになります。私たちはまったき神の国の到来と実現を待ち望みながら、御言葉によって神の国に拓かれ、御言葉のもとで「御国を来らせたまえ。」と祈ります。教会がそのような交わりであり、そして私たちの社会が少しでも神の国(義と愛と平和によるご支配)を映し出すこととなるようにと願い、祈りたいと思います。