幸せでない人のクリスマス

Twitterを良く利用するようになりました。使い慣れてくると有用な、あるいは興味深い、また、愉快な情報に接することができるようになります。

さきほど目にしたツイートは二つで、まったく無関係な別々のツイートですが、私の頭の中では一つのイメージとなって重なってきました。

一つは現役時代の山口百恵さんの言葉を写真とともに紹介しているツイートです。その言葉というのは『クリスマスも正月も嫌いです。 幸せな人と、そうでない人が、ハッキリ見える季節だから。』です。

賑やかで艶やかだからでしょうか、その陰でハッキリ見える、と言われたのですね。

もう一つは、米国長老教会のこれも写真付きで『Blue Christmas: ’Tis the season — for depression. bit.ly/2E65LI0 #PCUSA』と書かれたツイートです。

後者はHPの記事を参照するようにと誘っています。読んでみると、米国長老教会では少なからずの教会が聖夜に夜通し a blue Christmasという礼拝を行うそうです。礼拝といっても教会の一室が(もしかしたら礼拝堂なのかもしれません)ロウソクの光だけでかすかに灯され、カロルが静かに流れ、時々、聖書が朗読されます。来会者は黙して時を過ごし、身を置くことができます。

翌日米国長老教会はツィーターで、D.ボンフェッファーの残した言葉を紹介していました。紹介します。
“The celebration of Advent is possible only to those troubled in soul, who know themselves to be poor and imperfect, and who look forward to something greater to come.”
– Dietrich Bonhoeffer
アドヴェントの祝いは魂に困難を抱えている人々にふさわしい。彼らは貧しく不完全であることを知り、そして、大いなる祝い、その到来へと向かう。

教会でだけ経験することができるクリスマスらしいクリスマス、幸せでない人が集うことができるクリスマスです。