大住学長逝去の知らせに接して

教団紛争を乗り越えて、教団の改革と形成のために長年歩みを共にしてきました。ここ数年はナグネ会世話人会で一緒でした。まことに残念です。

無念な思いとともにこんな思い出があります。2000年代に入って間もない時の教団総会で大住君が自分の考えを文書にして総会議員に配布したことがありました。その文書は「大住差別文書」とレッテルが貼られて、教団政治の場で主導権争いの具とされました。
常議員会でその問題をめぐる「協議会」が開かれることとなり、私は某女性常常議員と、互いに対立する立場を代表して発題者として立てられたのでした。その協議会には詰めかけた多くの傍聴者が録音マイクを私に向けて、差別発言を聞き逃さないぞという構えと雰囲気でした。
その場で私は差別文書だと糾弾する人々の差別的な態度と発言を指摘して、大住文書は差別文書ではないと主張するに止まり、十分に説得的に大住文書の神学的、建徳的な、つまり教会形成的な論点を鮮明にして、教団における議論の方向性を先導することにはなりませんでした。それが無念でなりません。
成果があったとすれば、声高に糾弾していた人々の先頭に立っていると見られていたもう一人の発題者(某女性常議員)が実は中身のないO常議員の操り人形に過ぎないことが暴露されたこと、そして差別発言をネタにして教団政治に圧力をかけようとする流れが少しは抑止されたということでした。
大住君ががその文書の中で問いかけ、主張したことは、よく読めばわかるのですが、差別問題を掲げて(LGBTに関する差別問題ですね)自らの召命を表明するとしたらその召命は召命に値するだろうかということでした。つまり、教団で共有すべき召命感とは何かという問いかけでした。そのことを受け止める素地は反対の立場の人たちには勿論なかったし、私たちの中に十分あったかと言えば心もとないものでした。少なくとも召命とは何かを論じ深めることにはならなかったのでした。今思うと、そのことが心残りなのです。

大住君への感謝とお詫びです。