Merry Christmas!!

救い主の御降誕を記念するこの時、神さまの祝福を祈り上げます。

12月24日に集まることができた兄弟姉妹とともに聖夜礼拝をささげました。その時の説教を下記にご紹介いたします。


ルカによる福音書2章8~14
「きよしこの夜」

暗い夜でした。羊を守るひつじ飼いたちも、恐れと不安の中におりました。
ところが、突然、天の使いが現れて、羊飼いたちに「恐れるな」と語りかけました。

羊飼いたちは恐れました。おおいに恐れました。
夜の闇の中に輝き出た光が、羊飼いたちをおそったのです。
聖書が伝える一番最初のクリスマスの夜でありました。

私たちも、恐れにを抱いています。恐れを、そして、不安を抱きつつ生きています。わたくしたちの間に、「そんなことないさ」と言うことができる人はいるでしょうか。

わたしたちが時として経験する恐れは、わたしたちの生きること、喜ぶこと、良きこと、健やかなことを、壊したり、奪い取ったり、押しつぶそうとする力に出会って、受けるものです。
そして、わたしたちの時代も恐れをもたらすものが、黒雲が空を覆うように、覆いかぶさっています。
今年は、ことにコロナ禍によってその暗さが増しているように思われます。

恐れの襲うとき、私たちは何をするでしょう。砦を築き、自分を守ろうとします。
砦、すなわち、身を守る丈夫な家を建てて、恐れをもたらすものが通りすぎるようにと努めます。
いかなる絶望にもかかわらず、自分を失わないですむための避難所を作り、必死に、自分を守ろうとします。
それは、恐れという土台の上に立てられる砦です。そこでは、恐れが生きる糧となります。恐れが養分として摂取されます、
疑いや偏見、差別や自己中心という我が儘が育ちます。時には乱暴なことにもなりましょう。

しかし、羊飼いたちに臨んだ恐れは、それとは違いました。
私たちが自分を安全な場所に避難させ、砦を築く。その最後の砦をも破壊してしまう、そのような力が、羊飼いたちに臨んだのでした。
天の窓が大きく開かれて、強い光が差し込み、天の軍勢をひきいる総大将、天使ガブリエルが、羊飼いたちの前に現れました。
天が襲って来たのでした。
もはや、隠れることも、身を守ることもできません。大きな聖なる恐れが羊飼いたちを襲いました。

「恐れるな」。
それはがリスマスの日の、最初の言葉でした。
そして、天使は次のように告げました。
「今日、あなたがたのために救い主がお生まれになった。」「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」

乳飲み子、まことに小さな乳飲み子、この地上の力がほんの少しでも加われば、死んでしまうような乳飲み子が、貧しい飼い葉桶の中に、しかし、安心しきって、静かに眠っている。これが、救い主のしるしである。そう告げたのでした。

すると、天の軍勢、あらゆる天使たちが現れて、歌いました。「いと高きところには栄光、神にあれ。地には平和、御心にかなう人にあれ」。

神の栄光、その輝きと力が、思いもよらぬ仕方で、小さくか弱い幼子に包まれて現されたのです。私たちもその栄光を仰ぐことができるようと、飼い葉桶の中に寝むる乳飲み子によって、現された。
それで、この世界に、神との平和、平安が訪れた。天の軍勢は、そのことを歌いました。

この後で、「きよし、この夜」を歌います。だれもが知っているカロル、讃美歌です。
「きよしこの夜、星は光」と歌い始めます。元の歌詞は、そのまま移し替えると、こうなります。
「静かな夜。聖い夜。すべての者が眠りにおちる夜。気高い幼子は、天国の安らかさに包まれて眠りたもう。天国の安らかさに包まれて眠りたもう。」。
1818年のクリスマスイヴの日、オーストリアのオーベンドルフという村の、小さな教会で、このカロルが歌われるようになりました。
ヨゼフ・モールという人が作りました。モールというこの人は、私生児として不遇の中に生まれ、お針子をしていた母との二人暮らし。貧しい家に育った人でした。
不安な夜、恐れに包まれる夜を、良く知っていました。
しかし、彼の作ったクリスマスのカロルは「静かな、聖なる夜」、天の安らかさに包まれた夜を歌います。
3節には、「きよしこの夜、み子の笑みに」と歌われています。元の言葉はこうです。
「神のみ子よ。何と愛らしくあなたは笑いたもうか、気高いその口で。
その笑みは、私たちに救いの時の襲来を告げ知らせる、キリスト、今、お生まれくださった。」

「その笑みは、私たちに救いの時の襲来を告げ知らせる、」と。注意深く言葉が選ばれて歌われています。救いの時の襲来、と言っています。「襲来」ドイツ語で「シュラーゲン」という語です。それは、「襲う」「撃つ」という意味です。
この言葉は普通、神の罰が人間にくだるときに使われます。しかし、モールは、み子の誕生によって、罰ではなく救いが人間を襲う。恵み、慈しみがわたしを撃つ、と歌ったのでした。
神は、人間が恐れから逃れようとして、恐れを糧として生きることによって、自ら滅んでいくのを、見て見ぬふりをすることも出来たことでしょう。
あるいは、人間の愚かさ、自分のことばかりにかこつ我が儘、神を少しも敬わない傲慢、あらゆる罪を数え上げて、人間を撃つこともお出来になるはずです。その十分な権利をお持ちになっておられたことでしょう。
しかし、そうなさらなかったのでした。クリスマスの夜、愛する独り子を、この地上にお遣わしになり、このお方によって平安、平和を備えくださいました。

私たちを撃ち、襲ったのは、恵み、慈しみでありました。
恐れではなく、恵みと慈しみとを糧として生きるようにと、乳飲み子をとうして、平安、天の平和に結んでくださいました。
「恐れるな」。これが、クリスマスの夜に語りかけられた言葉です。そして、天の軍勢が羊飼いたちを囲んで、歌いました。
「いと高きところには栄光、神にあれ、
地には平和、御心にかなう人にあれ」。

祈り
クリスマスの夜、コロナ禍にあっても、わたしたちはあなたの独り子、飼い葉桶に眠る乳飲み子にあらわされたご栄光のゆえに、ゆるされて、ここに集い、み前にひれ伏し、感謝と讃美をささげます。
どうかあなたの栄光によって、私たちを照らしてください。恐れるな、と、常に語りかけてください。そして、あなたがお与えくださる、愛と喜びと平和とを分かち合いつつ、あらゆる困難に立ち会うことができますように。
この時も、困難の中にあって助けを必要としている方々のために祈ります。必要が満たされますように。困難を克服するために、献身的に労してくださっている方々、それを支えておられる方々のために祈ります。あなたのお支え、恵が豊かにありますように。
福音を委ねられているあなたの教会を顧み、私たちを、良き知らせを伝える器として、おつかわしください。私たちの愛する家族、友人、隣人を顧みてください。
世界中のすべての人々の上に、クリスマスの喜び、平和がありますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。 アーメン