永井訳「新契約聖書」 (3/19週報4面より)

いつか丁寧にご紹介したいと思っていたのですが、今日は、名訳と評される永井直治訳―個人訳の新約聖書-「新契約聖書」をご紹介します。

訳者は1890年(明治23)に明治学院神学部を卒業後すぐに日本基督教会浅草教会の牧師となった方です。1859年が宣教師渡来による日本伝道開始、プロテスタントの教会が設立されていくのが1870年代ですから、永井はまだ生まれたばかりの教会が生み出した牧師のお一人でした。

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代打で松城幼稚園卒園式に

3月15日(水)、ピンチヒッターで浜松教会関係の松城幼稚園卒園式に出席し、祈りの交読、祝祷をさせていただきました。

浜松教会は今春、牧師が交代するので、その日は牧師不在でした。それで、私が代わりに行かせていただきました。

立派な卒園式でした。子どもさんたちは立派でした。讃美歌も、聖書も、祈りも、挨拶も感謝の言葉も、みな暗唱しており元気な声で行っていました。たいしたものです。

2017世界祈祷日

浜松市地域の祈祷会がバプテスト連盟浜松教会で行われました。今年は聖公会が責任をもって翻訳し、NCC女性委員会から提供された式文パンフレットを用いて礼拝がもたれました。礼拝堂が会衆でいっぱいでした。

私は、賛美歌に苦労しました。歌い慣れていないものが多かったのです。愚痴ってしまいました。いけません。

賛美歌あれこれ2 表記と意味について

2/26の週報4面からです

原恵氏は「(書名)『讃美歌』という言葉は、明治7年に最初の賛美歌集が出た年から、すでに使われていた。当初は『さんびのうた』または『たたえうた』と訓じた。また、『聖歌』という言葉も、明治10年代中期から使われ始めていて、その意味内容には事実上、ほとんど区別がないといってよい。各教団・教派の伝統的習慣で使ってきたものが、今日もそのまま使われてきた」と書いておられます(「賛美歌その歴史と背景」1980、日本基督教団出版局)。

残念ながら、なぜ「讃」であったのかという説明はありませんが、おそらく、当時はそれが通常の用語であって、今は当用漢字には無いので、書名以外は「賛美歌」と表記するということなのかも知れません。

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行く、歩く הלך

Walking people. Lifestyle.

突然ですが、創世記の話です。17章を読むと、アブラム→アブラハム、サライ→サラ、と二人に新しい名前が与えられたと書かれています。

「歯を入れたのがアブラ『ハ』ム、胃『イ』を取ったのがサラ」とは子供向けなぞなぞの答えですが、その先のことを伝えないと片落ちどころか、台無しになってしまいます。

実は、二人とも名前の中に一文字が加えられたのでした。その文字は「ה(へー)」です。アブラムאַבְרָ֑םにそれが加わるとアブラハムאַבְרָהָ֔םに、サライשָׂרָ֑י に加わるとサラ שָׂרָ֖הになります。

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農伝協議会に出席

2月20-21日、伊豆長岡の八の坊にて教区の農伝協議会がありました。キリスト者で農業従事者と農に関心のある方々が集いました。

一つの話題は、主日礼拝をどのように守ることができるか、ということでした。個人の問題であると同時に、教会全体の課題でもあるかと思います。いろいろと考えるべきことがありそうです。1教会の問題ではなく、地域諸教会が共同で取り組めることもあると思わされました。いつか分区で取り上げたいですね。

洗礼とわたしたちの悔い改め(2/12の週報4面)

LutherRose

「『悔い改め』とか『回心』という言葉は、それらが洗礼の言葉であると考えるときに、最もよく理解することができます。」とは、現代アメリカを代表する神学者、W.H.ウィリモンの言葉です。宗教改革者マルチン・ルターの洗礼理解を紹介して、そのように語りました。

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