暗示的に示す巧みな演説

聖書を読み祈る会では使徒言行録を読んでいますが、7章に入っています。ステファノの長い演説です。一昨日取り上げたのは9-16節。

アブラハムに与えられた約束が、実現にむかって少しずつ進んでいく、その様子が語られています。その日の箇所は、ヨセフが取り上げられており、ヤコブの一族がエジプトにくだっていくというところです。そして、その救いの歴史はモーセと出エジプトへとつながっていくわけです。

ヨセフ物語が短く要約されています。ステファノはヨセフの中にキリストの姿を暗示的に示しています。兄弟たちのねたみによってエジプトへ売られ、苦難を受ける。しかし、神がともにおられ、エジプトで特別な地位につく。その苦難と栄光は、ヤコブをはじめ、エジプトへヨセフを売った兄弟たちの救いとなったのだ、と。

ヤコブはエジプトで生涯を終えますが、約束の地に葬られます。その場所について、ステファノの演説では二つの伝承が一つに結び合わされています。シケムと、マクペラです。それによって、一歩の幅の土地さえも持たなかったアブラハムでしたが、その子孫は葬りと礼拝のための土地を、約束の地に得ていったと述べています。

レジメつくりをしました

来週月曜日に分区の牧師会があり、読書会の担当になっているので、そのためのレジメつくりをしました。A4一枚に収めようと努力した結果、その半分ですんでしまいました。それで、余白は関連する写真を貼り付けることにしました。

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これを見て、テーマが何かお分かりでしょうか。ちなみに、下の写真はヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂の入り口の扉の一つ、ジョコモ・マンズ-の彫刻によるものです。

更新伝道会総会に

24,25日にウェルシティー湯河原で開催されました。

今回、規約改正議案があり、私は議案提出のための委員会に所属していました。準備した規約案が議され、一部修正されて承認されました。

ポイントは、会の運営の責任所在を常任委員会としたということです。従来は総会としていましたので、大きな変化です。常任委員は会員の中から選ばれます。これにより総会は会長や常任委員、委員等を選出することと、会の活動・運営に関して協議をする場となります。

もう一つポイントがあります。メンバーシップに関することですが、会員の他に会友が加えられました。会友は日本基督教団以外の方が対象になります。会友は委員に選出されると総会のメンバーになります。これにより、会の目的がより豊に共有されることになります。

iPadPro9.7で絵を練習中です

ApplePencilは優秀ですね。SketchesProというアプリで絵を描く練習をしています。絵心がまったくないので苦戦をしていますが、とりあえず自画像とミカンにトライです。

実は、密かに願っていることがあるのです。ときどきSwayを使った聖書ストーリーをご紹介していますが、他人様の絵ではなく、自分のオリジナルな絵を使って作りたいのです。・・・遠い先のことになるでしょうが。

毛利稔勝訳/ハイム・ラビン「ヘブライ語小史」

訳者・毛利稔勝(としかつ)さんは2008年にイスラエルの病院で亡くなりました。78歳でした。その死後に、生前交流のあった者たちが彼の残した翻訳論文を一冊の小冊子にまとめました。東京神学大学時代の同級生で現在教文館の社長をしている渡部満くんがその労の多くを負い、「あとがき」をヘブライ思想の著名な専門家・池田裕氏が書いておられます。

その小冊子には、メヘナム・ハラン「ヘブライ語による聖書研究ーその特色と傾向についてー」と今回紹介する「ヘブライ語小史」の二つが納められています。両著者とも毛利さんのヘブライ大学における恩師です。

「ヘブライ語小史」について著者は本書の記述方法について、「さまざまな時代におけるヘブライ語とユダヤ人との間のきずなや関係を概略し、ユダヤ人の社会生活における変化がこの言語の使用と性格に与えた影響、およびそれがさまざまな状況のもとで生きる人々のために果たした役割が何であったかを知ることに努め」と記しています。そのような論文です。

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棚村重行著「二つの福音は波濤を越えて」を読む

3月の西静分区一泊教師会に棚村重行、惠子両先生をお招きして勉強会をします。そのために重行氏の著書「二つの福音は波濤を越えて」を、昨日、一気に読みました。

日本におけるプロテスタント教会の最初の歴史を、英米のものを含む膨大な資料を読み解いて、再構成しようとするもので、従来、私たちが常識と考えていたものとはいささか違って、複雑な経過をたどっていたことを明らかにしています。書名がそのことを示しています。たいへん興味深いことでした。

私個人としては、近代人の主体性と結びつくアルミニウス主義の、その多様性を丁寧に追いかけておられるところに興味を持ちました。17世紀オランダに端を発する古典的アルミニウス主義、18世紀ウエスレーが代表する伝道的(福音的)な穏健アルミニウス主義、そして、19世紀日本に大きな影響を与えた改革・長老派の伝統の中に生じた急進的なアルミニウス主義(今日、教団の中にある改革長老グループはこれとは違います)、それが明快に論じられていました。近代という時代を受けとめて表現されたキリスト教教理思想です。宗教改革に基づく伝統的なキリスト教理解との相克、それが、日本の教会の歴史に深く刻印されているようです。

この本を土台に、棚村先生のその後の研究にお聞きし、今日のキリスト教会のあり方に光を見いだすことができればと願っています。

クラーナハ展に行ってきました

クラーナハ展が1月15日まで上野の国立西洋美術館で行われています。一般の日本人には馴染みの薄い画家ですが非常に多くの作品を残しています。北ドイツのルネサンスを代表する画家の一人でマルチン・ルターと深い関係があり、今年、宗教改革500年を迎えることもあって日本ではじめて開催されることになったようです。
先日、東京に行く用事があり、そのついでに観てきました。ルターと彼の僚友メランヒトン、またルターの宗教改革を後押ししたザクセン選帝侯ヨハン・フリードリヒの肖像画もありました。私は下の2枚の絵が印象深く残りました。左は「アダムとイブ」、右は「幼子を礼拝するヨハネ」です。細部は違いますが、クラーナハは同じような構図で何枚も残しています。今回は偶然なのか、あるいは意図的なのか分かりませんが、ヨハネ(洗礼者ヨハネ)がリンゴを幼子に渡している絵が来ていました。禁断の実は人間の罪を象徴しています。アダムとイブが食べた、その実をヨハネは主イエスに渡し、幼子はそれを受け取っています。これは、十字架を暗示していると言われています。
ついでのことですが、今回の展示には美しく女性を描いたもの、また、誘惑をテーマにしたものが多くありました。(1月8日週報4面より)

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サンタクロース

ある教会幼稚園でクリスマスの礼拝と祝会がありました。いつものようにサンタクロースの登場です。

主任の先生がサンタさんを歓迎して、子どもたちも大喝采です。ところが・・・先生が「お太りになりましたね」と思わず叫んだのでした。サンタさんの衣装が小さく見えたようです。

サンタさんは心の中で「去年と変わらないんだけどな」と呟きながら、「はい。トナカイのお世話で忙しくしているんだけど、良く食べるので太ってしまうんだね。」と答えたのでした。子どもたちは「へえ、そ、そうなんだ」という顔をしていました。そして、サンタさんのお話がはじまりました。