セムナン教会イ・スヨン牧師の紹介

浜松元城教会 張田 眞

 最初にお目にかかったのは1998年の夏、東京教区西南支区の中高生10数名とともにソウルの永楽(ヨンラク)教会をお訪ねして主日礼拝に出席した時のことでした。当時は、イエス教長老会神学大学校の神学教授でしたが、協力牧師をなさっておられて礼拝の説教者でした。

ちょうど韓国はIMFの助けを得て経済再建に取り組んでいましたが、エルサレム城壁再建を伝えるネヘミヤ記を取り上げて信仰を基盤として社会の再建に取り組むべきことと教会が担うべき責任について語っておられたのを覚えています。その日の説教も青瓦台で聴かれていたようです。

余談ですが、永楽教会は朝鮮分断後の1947年に北を離れてソウルに移り住んだ人々によって設立された伝統的な教会で、かつ代表的なメガ・チャーチとして知られています。代々の担任牧師(主任者を意味しています)は北出身者で、協力牧師であったイ・スヨン教授(当時)のご家系も同様です。その出身地は良質な水に恵まれており、冷麺の美味しい所として知られているそうです。ご自身も冷麺がたいへんお好きです。

幼い時、畳の敷かれた日本家屋に住んでおられたと、先日、伺いました。ソウル大学哲学科を卒業、長老会神学大学校大学院を経て、ストラスブール大学に留学、カルヴァン研究により博士号を取得しておられます。留学の経緯の一端を故人となられましたが、あるセムナン教会の元老長老に伺ったことがあります。韓国の経済成長とソウルへの人口集中が始まり、キリスト教の教勢が飛躍的に伸びたころのことです。神学を、ことにカルヴァン神学を極めることの必要性を説いてストラスブール留学を勧めたとのことでした。帰国後、イエス教長老会神学大学校に奉職、1984年に組織神学教授となれました。同神学大学校は韓国を代表する神学大学で、多くの優れた牧師や神学者を輩出しています。

親しくお交わりをいただくようになったのはセムナン教会担任牧師に就任された2000年以降のことです。延世大学創立者のアンダーウッド宣教師が初代の牧師ですが、数えて6代目にあたります。セムナン教会はソウルの中心地、景福宮と支庁との中間にあって1887年に制度的教会として最初に朝鮮において設立されました。その年がソウル中会の始まりとされています。母なる教会と呼ばれ、今も韓国教会の模範となっています。世界宣教にも熱心で、タイでは神学校を設立・運営し、数カ国に宣教師を派遣しています。余談ですが、2012年に教団宣教委員会がお訪ねし、世界宣教の実際についお話を伺い、学ぶ機会を得たことでした。

イ・スヨン牧師赴任後、21世紀を迎えて、セムナン教会は日本への伝道に新たな志しを持たれました。その一環として延世大学韓国語コースを修了して長老会神学大学校博士課程に進んだ洛雲海(大山和至)牧師(現在、宣教師として同神学大学校の神学教師)を経済的に支援し、後に、協力牧師に迎えて日本語による聖書研究会、さらに日本語礼拝を始められました。2002年5月には小島誠志教団議長(当時)を説教者として招いておられます。日本の教会の牧師が説教壇に立ったのは教会設立以来初めてのことでした。また、2003年には日本伝道会設立に際して多額の献金をおささげくださいました。そして2005年、「東アジアの平和」を主題としたアンダーウッド記念国際会議に講演者のお一人として近藤勝彦東京神学大学教授(当時)を招き、日本の教会青年たちを招待してくださいました。この国際会議は青年たちによって運営されるもので、数年にわたり同じ主題で開催され、その後、変遷がありましたが日本から講演者や青年たちを招いてくださっています。この国際会議がきっかけとなって現在のイーストアジア21の活動が始まりました。また、2009年の日本伝道150年教団主催の記念大会には聖歌隊を伴って出席してくださいました。その他、セムナン教会と日本基督教団諸教会との交流が数多くなされてきましたが、その中心にイ・スヨン牧師がおられます。

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